吉野智行(湘南ベルマーレ スポーツダイレクター)インタビュー
湘南ベルマーレは2022年12月、吉野智行氏のスポーツダイレクター就任を発表した。かつて背番号10を着けてチームを支えたOBの復帰だった。強化の仕事に携わる中で日頃から心掛けていることとは。
吉野智行(よしのともゆき):1980年7月9日生まれ。選手歴:習志野市立習志野高校→浦和レッズ→湘南ベルマーレ→横浜FC→ガイナーレ鳥取。経歴:2014年 鳥取 強化スタッフ兼アシスタントコーチ→2015年 鳥取 強化部主任→2016年〜2022年 鳥取 強化部長→2023年〜 湘南 スポーツダイレクター
「少しでも寄り添うことはすごく大事」
――吉野さんのベルマーレ復帰が発表されて4カ月がたちました。
「そうですね。12月26日でした」
――鳥取からこちらに引っ越してきて、生活はもう慣れましたか?
「鳥取に家があって、家族と離れて単身で来ているので、生活リズムはがらっと変わってしまいました」
――そうだったんですね。
「基本的に一日の大半はここにいるので、寝るために帰るような生活です。朝はだいたい8時半には出社していて、練習を見て、会議に出て、家に帰っても一人なので(笑)。チームの映像を見ることも強化の仕事の一つなので、帰って見るより会社で見ていくようにしています」
――公開練習を拝見していると吉野さんもグラウンドに下りています。
「そうですね。別の予定がない限りは同じタイミングで入るようにしています。朝の顔を見たいので」
――朝の顔を?
「選手やスタッフの朝の顔です。練習に入ってしまえばみんな集中するし顔つきも変わるんですけど、朝は素の状態なので、何かあったかなとか、曇っているなとか、調子がいいんだろうなとか、そういう違いが分かります。ただ、必ず話し掛けるというわけではなくて、気になったことがあれば練習が終わった後に声掛けをしています」
――1月の新体制発表会では「見る」「聞く」を大事にしているとおっしゃっていました。
「スタッフがいろいろ考えながらやってくれているので、それに対してどうこういうよりも、現場(チーム)が円滑に回るようにスタッフや選手を見ること、あとはメンタル面で何か気になったことがあれば少しでも寄り添うことはすごく大事だと思っています」
――他のフロントスタッフとは日頃どのように関わっていますか?
「現場、フロント、サポーターやパートナーの皆さんをつなぐことも強化の仕事です。例えば、フロントスタッフが選手に関連したイベントを発案したときには、現場に確認を取って調整しています。コロナ禍ではフロントスタッフが現場に対して気を使うところがありました。でも、以前のような制限はだいぶ緩和されてきたので、サポーターやパートナーの皆さんが選手と接する機会は今後増えていくと思います」
――間に入ってつないでいたんですね。
「そうですね。僕はそこで現場以外のスタッフとコミュニケーションを取れるのですごくありがたいです。他のスタッフが考えていることを知ることができますし、間に入って窓口になったほうが物事をスムーズに進められます。選手やスタッフがストレスを抱えないようにしつつ、クラブのことをもっと皆さんに伝えていけるように、その両面をうまく調整していければと思っています」
「どれだけ熱意を伝えられるか」
――鳥取と湘南では仕事内容や役割分担は違いますか?
「まずスタッフの人数が違います。これはいいとか悪いとかの話ではなくて、鳥取ではいろんな仕事を兼務していました。マネージャー業務もしていましたし、用具を運ぶ車で全国に移動していました」
――そうだったんですね。
「今は兼務する仕事が減りましたけど、強化として気をつけている点はそんなに変わっていません。鳥取でも湘南でもチームが目指しているところに合う選手を獲得するという作業は一緒で、僕がもっと質を上げていかないといけない部分です」
――これまで坂本紘司さん(湘南ベルマーレ 代表取締役副社長GM)が選手の獲得を担当されていたと思います。今は吉野さんが仲介人との交渉を任されているのでしょうか。
「坂本は副社長GMなので強化の最高責任者です。今も週1で強化部の会議を開いていて、常に連係を取っています。僕にも仲介人のつてがあるので、一緒に進めていく形になります」
――シーズンが開幕してから奥野耕平選手がチームに加入しました。
「奥野選手に関しては坂本GM主導で進めて、もちろん私も交渉の席に入りましたし、湘南らしい交渉の仕方を学べる場になりました」
――クラブによって交渉の仕方が違うということですね。
「人によって話し方や伝え方が違いますし、それぞれのクラブのやり方みたいなものがありますけど、あまり詳しいことは言えないですね(笑)。どれだけ熱意を伝えられるかが大事だと思います」
「強くしたいという気持ちはみんな一緒」
――アカデミーとの連係についてはいかがですか?
「連係はすごく大事です。今アカデミーのスタッフが58名いて、湘南ベルマーレは育成クラブをうたっています。遠藤航選手や石原広教選手、田中聡選手のような選手をどんどん輩出していけるように、トップとアカデミーの連係を深めて選手を育てることは大事です。2階にアカデミーのスタッフがいるので、なるべくそこに顔を出すことから始めています」
――新たな気づきはありましたか?
「アカデミースタッフはトップチームの練習を見に来てくれていますし、そういう意識の高さはすごく感じます。たぶん練習を見て感じていることがいっぱいあると思うので、これからもっとコミュニケーションを図っていきたいですね」
――お互いに得られるものがありそうです。
「そうですね。ここで働いているスタッフ、サポーターやパートナーの皆さんも、このクラブを良くしたい、強くしたいという気持ちはみんな一緒だと思います。それぞれがいろんな視点を持っていていいと思うし、横のつながりを強化して、クラブをもっと発展させていけるといいですね。時には意見がぶつかることもあるかもしれないですけど、同じ気持ちがあれば、じゃあこうしていこうよ、という会話が生まれると思います」
――前向きな会話ですね。
「だから、強化としては一方通行にならないようなアプローチをしています。坂本GMはよく『フロントがプロチームを強くする』と話していますし、僕が入ったことによって強化部に対して気を使いすぎるところを少しずつなくして、いろいろと相談し合えるような体制を構築していきたいです」
「早く行動を起こして先手を取れるように」
――ちょうど今の時期に吉野さんが優先して進めていることを教えてください。
「もうシーズンが始まっているので、まずは何よりも選手が躍動できるように現場に気を配ることですね。ただ、これはシーズンを通して常にしていることです」
――仲介人とは継続的に情報交換をしているのでしょうか?
「そうですね。常日頃から連絡を取るようにしています。ウインドウ(※)が閉まった後も夏のウインドウに向けて強化部で話し合って、チームに合った選手をリサーチして、リストに上がった選手の状況を仲介人に聞いています。我々のようなクラブは先手を打たないと選手の獲得が難しくなってくるので」
※明治安田生命JリーグおよびJリーグYBCルヴァンカップの出場資格を得るための選手追加登録期限。第1登録期間は1月6日~3月31日ですでに終了。第2登録期間は7月21日~8月18日。
――先手を打たなくても希望の選手を獲得できるクラブがあるということですね。
「ビッグクラブはお金で解決できることもあると思います。だから、同じテーブルに並ぶ前になるべく早く行動を起こして先手を取れるように、あらかじめ準備することは交渉の上では肝になってきます。そう考えると、常日頃から情報交換をしておくことは大事です。鳥取にいた頃は早めに動いて、しっかりと期限を決めて回答をもらっていました。そういうのもクラブによっていろんなやり方があると思います」
「凝り固まっていないから柔軟に考えられる」
――鳥取で現役を引退した後、強化スタッフ、強化主任、強化部長という道を歩む中で培われたものを一つ挙げるとしたら?
「物事の考え方が柔軟になりました。というのも、ずっとサッカーをしてきたので考え方が凝り固まってしまうことがあります。だから塚野(真樹)さん(ガイナーレ鳥取 代表取締役社長)の『こだわりは、かたまりだ』という言葉は面白いなと思いました。腑に落ちたというか、すごく印象に残っていますね。例えば、サッカーだとパス一本にこだわりますよね。そのパスは勝敗に関わってくるし、自分自身の価値や生活にも関わってくるから、こだわるのは自然なことです。ただ、物事にこだわりすぎると余計な力が入って動きづらくなってしまいます。でも、今は以前よりも物事に対する考え方が柔軟になりました。僕には『絶対にこれじゃないとダメ』というものはないし、もし反対の意見を言われたとしても『なんでそう思ったんだろう?』と柔軟に考えられるようになりました」
――相手の意見をいったん聞くようになったということですね。
「そうですね。意見が違っていてもいいと思います。もし意見がぶつかってもお互いが柔軟に考えれば、次の新しいものを生み出せるから。考え方がまるっきり一緒の人なんていないし、それぞれがいろんな考え方を持っているからこそ新しいアイデアが生まれます。そういう考え方に気づかせてもらえたのは、僕の中ですごく大きかったです」
――ということは、いろんな人のアイデアは大歓迎ですね。
「はい。大歓迎です。ずっとサッカーをやってきたので、まだまだ分からないことはいっぱいあるなと思っています」
――日頃からベルマーレや吉野さんを応援してくださっている方々にメッセージをお願いします。
「今の自分があるのは、これまで関わってきていただいた方々のおかげです。選手としてもそうですし、鳥取ではフロントスタッフとしても育ててもらいました。情報社会がどれだけ進んでも、僕は人と人とのつながりが大事だと思っています。湘南ベルマーレは今年でJリーグ加盟30周年を迎えて、『あたらしいうみへ』というスローガンを掲げています。僕も皆さんと一緒に、あたらしいうみへしっかりと漕いでいけるように頑張っていきたいです。頑張っている姿を見せることで恩返しをしたいですね」